【設立の背景と歩み】 久米島は、その昔球美(くみ)と呼ばれていました。
球美(くみ)とは米のことで、1960年以前は米作りがとても盛んな島でした。
しかし、収入の拡大を目的に田んぼをサトウキビ畑にと、多くの農家が切り替えていきました。
復帰後の山や森を削る大規模な土地改良事業と、大量の農薬散布が追い討ちをかけ、島の自然は消滅していったのです。
それらは、時代の流れと受け入れつつも何人かの島人は、かすかな不安と喪失感を抱いていました。
1993年『久米島で新種のホタル発見』の報道を聞いた島の人達は改めて島の素晴らしさに感動し、自然の大切さと誇りを強く意識しました。 そして、当時小学校の先生を中心に土地改良事業の尽力者であった人、役場職員数人が集まって、幼い頃から何気なく見ていた「ホタル」を昔のようにたくさん蘇らせたい…と、クメジマボタルの棲むことが出来る自然を保護・保全することを目的に「クメジマボタルの会」が結成されました。
その後、会のメンバーの1人が、愛知県西尾市での「ホタルの里づくり」の取り組みを視察、これが本格的な活動開始のきっかけとなり、1997年から全国ホタル研究会の大会にも参加。 2000年5月21日には、ホタルの保護・保全を目的とした久米島ホタル館を旧具志川村村長の協力の下、開館する事が出来ました。
2003年には、念願であった全国ホタル大会を久米島で開催することにもなりました。
その後、『ホタルを蘇らせる』というこの目的を実現させる事が、水質汚染や不法投棄、ゴミ問題、赤土問題など深刻化する島の環境対策の改善に繋がること、それによって経済の活性化が促されること、そして何より大切なことは、この久米島で生きる意義を島の人々が誇りと喜びを持って見出すことができるということをこの会の活動理念として掲げることとし、会の名称を「久米島ホタルの会」と改めました。
2005年度より、当初の目的であった久米島ホタル館を中心としたホタルの里づくりを本格的に行い、自然保護や生態系の保全に関わる観察会や調査などを、島の内外に協力を求めながらこれからも活動していこうと考えています。
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